人に教えるということ

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ふと思い起こせば、何かつながっていました。

学生時代、教育学部でしたから教育実習には何度も行きました。でも、実習を終えたからといって、子供に教えるという立場になれるとはとても思えず、教師の道を選びませんでした。
しかしながら、皮肉なことに就職したIT関連会社では、なぜか、オフィスコンピューターのインストラクターの仕事を任されることになりました。
その後、ITスキルを生かして外資系の金融会社に転職したら、今度は、すぐに社内のパソコン研修企画、及びインストラクター兼インストラクター育成の仕事が回ってきました。


私って、どこか先生っぽいのかしら? と悩みましたよ・・・。
先生という響きは、あまり好きではないのに・・・。

私自身が、『人に教えるということ』に向いているとはとてもとても思えません。こちらからの伝え方、相手の方の受け止め方、みんなそれぞれですから、同じ内容でも結果が違ってくるから難しいのです。そして、正しく伝わったか否かをどのように確認するのかという問題もあるし、それをまた次の課題として引き継いで、、、、とにかく、すごく責任を感じてしまうのです。 


では、なぜ今、またお花を教えるということになってしまったのでしょう・・・
それは、友人のたったひと言がきっかけでした。
『永くお花やっているんでしょ? ちょこっと教えてもらえない?』

『いいよ~♪』  このときは、即答でした。

今から思うとかなり単純な思考回路だったと思います。
きっと、教えるということ以前に、"好きだから伝えられる" という何か根拠のない自信があったのだと思います。それ後、ええ~っと、場所は? お道具は? 内容は? 予算は? と慌てふためいたのは言うまでもありません・・・。


そして時が流れた今もなお、まぎれもなく、"好きだから伝えたい"気持ちが継続しているように思います。
『ねぇ、こんなお買い得品あるの知ってた!?』
『こんな可愛いもの見つけたけど、見てみて!』
そう、まるでキャピキャピな学生さん、はたまた、かしましいオバサン的感覚のようなものが常にあって、大好きなお花のことは隠しておけないのです。"教える"というよりも、"伝える"というシンプルな発想といったらいいのでしょうか?

また、単に、"誰かに一方向で教える"ではなく、"伝えた相手が感じた感覚をまた自分に戻す。そしてまた別の誰かに伝える" といったふうに双方向な感覚を大切にしています。

ときどき訊かれるのですが、「Hoan's Works」とは、芳庵の作品の意味ではなく、お花に接している空間、そこで作品づくりをするみんなの空気そのものを作品として、大切にしていきたいという想いがあるんです。
いやぁ~、ちっとも先生らしくありませんな・・・(汗)
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by hoansan | 2008-04-03 13:45 | ★芳庵のひとりごと
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